動作原理
電圧モードではデューティが LC フィルタを駆動するため、プラントには LC 共振の 2 重極があります。共振を過ぎると位相は 1 ディケード程度で −180° 近くまで下がり、それを引き戻すのは出力コンデンサの ESR ゼロくらいです。そのため共振よりかなり高い周波数でクロスさせるには補償器による位相の持ち上げが必要で、その量はたいてい Type II が出せる 90° を超えます。
プラントは PWM ゲイン 1/V_ramp を含む CCM 平均化モデルです。昇圧では共振周波数が D′ = V_in/V_out とともに動き、インダクタによって D′²R/L に右半平面ゼロが生じます。このゼロは通常のゼロと同じくゲインを上げる一方で位相を減らすため、クロスオーバー周波数の上限になります。
Venable の k ファクタは、クロスオーバー周波数 f_c と位相余裕という 2 つの目標を部品値に変換します。必要なブーストは PM − 90° −(f_c での Gvd の位相)です。Type II は f_c/k にゼロを 1 つ、f_c·k に極を 1 つ置き、Type III は f_c/√k に 2 重ゼロ、f_c·√k に 2 重極を置きます。中域ゲインは f_c でループの大きさがちょうど 1 になるように決めます。
分圧の下側抵抗はオペアンプの仮想接地につながるので、DC 出力電圧を決めるだけで AC ループゲインには入りません。補償回路網は R1 だけを基準に計算します。抵抗は E24、コンデンサは E12 に丸めたあと、その値でループを計算し直し、表示するクロスオーバーと余裕もこの値に基づきます。
設計手順
- 1電力段の特徴的な周波数を求めます。LC 共振 f0 とその Q、ESR ゼロ、昇圧なら最悪条件(最小 V_in、最大負荷)での右半平面ゼロです。
- 2クロスオーバーを決めます。降圧ではおおむね f_s/10 までで、f0 より十分高く、昇圧では右半平面ゼロの約 1/5 以下にします。
- 3f_c でのプラントのゲインと位相を読み、ブーストを計算します。90° 未満なら Type II、約 90°〜150° なら Type III、それを超えるなら f_c か余裕の目標を下げます。
- 4R1 を決め(数 kΩ〜数十 kΩ ならコンデンサが現実的な値になり、オペアンプの負荷も軽くなります)、k ファクタの式で部品値を求めてから、出力電圧に合わせて R_bias を決めます。
- 5標準値に丸め、その部品でクロスオーバー、位相余裕、ゲイン余裕を確認し直し、入力電圧と負荷の両端の条件でも繰り返します。
計算式
- 降圧プラント(制御 → 出力)
- Gvd = (V_in/V_ramp)·(1 + s·C·ESR) / (1 + s/(Q·ω0) + s²/ω0²), ω0 = 1/√(LC), Q = 1/(√(L/C)/R + DCR·√(C/L))
- 昇圧プラント(制御 → 出力)
- Gvd = (V_out/(D′·V_ramp))·(1 − s·L/(D′²·R))·(1 + s·C·ESR) / (1 + s/(Q·ω0) + s²/ω0²), D′ = V_in/V_out, ω0 = D′/√(LC), Q = 1/(√(L/C)/(D′·R) + DCR·√(C/L)/D′)
- 必要な位相ブースト
- boost = PM − 90° − ∠Gvd(j·2π·f_c), G = 1 / |Gvd(j·2π·f_c)|
- Type II(Venable)
- k = tan(boost/2 + 45°); C2 = 1/(k·ω_c·R1·G), C1 = C2·(k² − 1), R2 = k/(ω_c·C1)
- Type III(Venable)
- k = tan²(boost/4 + 45°); C2 = 1/(ω_c·G·R1), C1 = C2·(k − 1), R2 = √k/(ω_c·C1), R3 = R1/(k − 1), C3 = 1/(ω_c·√k·R3)
- 分圧下側抵抗
- R_bias = R1·V_ref / (V_out − V_ref)
計算例
既定値は 12 V を 3.3 V、10 W(R ≈ 1.09 Ω)に変換する降圧で、L = 4.7 µH、C = 100 µF、ESR 5 mΩ、f_s = 500 kHz、V_ramp = 1 V です。LC 共振は 7.34 kHz、Q ≈ 5.0 です。f_c = 50 kHz でプラントは −11.5 dB、−169.4° なので、位相余裕 60° には 139.4° のブーストが必要で、Type II では実現できません。Type III では k ≈ 31.1 となり、ゼロは 8.96 kHz、極は 279 kHz に置かれます。R1 = 10 kΩ のとき R2 ≈ 6.92 kΩ、R3 ≈ 332 Ω、C1 ≈ 2.57 nF、C2 ≈ 85.2 pF、C3 ≈ 1.72 nF です。標準値 6.8 kΩ、330 Ω、2.7 nF、82 pF、1.8 nF に丸めると、ループは 51.3 kHz でクロスし、位相余裕は 61.0° です。V_ref = 0.8 V なら下側抵抗は 3.2 kΩ です。
よくある間違い
- 定格入力だけで設計すること。降圧のプラントゲインは V_in に比例するため、コントローラに電圧フィードフォワードがなければ入力範囲によってクロスオーバーが動きます。
- コンデンサを確かめずに ESR ゼロを当てにすること。セラミックコンデンサの ESR は数 mΩ なので、ゼロはクロスオーバーよりはるかに上にでき、位相にはほとんど役立ちません。
- オペアンプのゲイン帯域幅積を無視すること。補償器の極付近で必要なゲインがエラーアンプの開ループゲインより十分低くないと、実際の応答が設計どおりになりません。
- 昇圧のクロスオーバーを右半平面ゼロに近づけること。このゼロによる位相の損失は補償できず、低入力・全負荷ではゼロがさらに下がります。
よくある質問
電圧モードの降圧ではなぜたいてい Type III が必要なのですか?
LC 共振より上ではプラントの位相が −180° に近づくため、ESR ゼロがクロスオーバー付近にない限り、位相余裕 60° を得るには 90° を大きく超えるブーストが必要です。Type II では 90° 以上は出せません。ESR ゼロがクロスオーバーより低い電解コンデンサなら Type II で足りることもありますが、セラミックコンデンサではまず足りません。
昇圧ではクロスオーバーをどこまで上げられますか?
D′²R/L の右半平面ゼロはゲインを上げながら位相を減らし、どんな補償器でも打ち消せません。f_c はこの周波数の約 1/5 以下に置き、ゼロが最も低くなる最小入力電圧・最大負荷の条件で確認してください。
分圧の下側抵抗はなぜループゲインに入らないのですか?
オペアンプのエラーアンプでは反転入力が V_ref に保たれるため、下側抵抗の両端に AC 信号は現れません。AC ゲインは帰還インピーダンスを V_out から見た入力インピーダンス(R1、または R1 と R3 + C3 の並列)で割った値です。トランスコンダクタンスアンプ(OTA)では分圧比がループに入るため、この計算はそのまま使えません。
V_ramp は何をしているのですか?
PWM コンパレータは制御電圧を 1/V_ramp のゲインでデューティに変換するので、プラントのゲインはこの値に直接比例します。ランプ振幅はコントローラのデータシートで確認してください。入力電圧フィードフォワードを持つコントローラはランプを V_in に比例させるため、降圧のループゲインが入力範囲全体で一定に保たれます。
計算結果は工学的な推定値です。データシート、シミュレーション、実測で設計を確認してください。