三相インバータのデッドタイムによる電圧ひずみ
執筆: Power Electronics Hub 編集者 · 公開 2026-10-26 · 更新 2026-11-01
400 V 級の IGBT ドライブを例にとります。DC リンク 540 V、キャリア 8 kHz、デッドタイム 3 µs です。各レグの平均出力電圧は約 13 V 不足し、その符号は相電流の向きが変わるたびに反転します。50 Hz では指令電圧の数 % にすぎず、ほとんど害はありません。ところが指令電圧が 10 分の 1 になる 5 Hz では、同じ 13 V が指令電圧のかなりの割合を占め、電流波形はゼロクロスのたびに平らにつぶれてしまいます。
電圧はどこへ消えるのか
デッドタイム中はレグの両スイッチがオフで、出力は負荷電流を流しているダイオードで決まります。電流がレグから流れ出す向きなら下側のダイオードが導通し、コントローラは上側スイッチをオンにしたいにもかかわらず、出力は負側のレールに張り付きます。電流がレグに流れ込む向きなら上側のダイオードが導通し、出力は正側のレールに張り付きます。いずれにしても、レグが出力するのは指令された電圧ではなく、電流によって決められてしまう電圧です。
これはスイッチング周期ごとに 1 回、オンする側のスイッチが遅れるエッジで起こります。周期平均で見ると、レグ電圧は一定量だけ不足し、その符号は電流の向きで決まります。
- 1 レグあたりの平均誤差
- Δv = −sign(i) · t_dead · f_s · V_dc
- 例(540 V、8 kHz、3 µs)
- ΔV = 3 µs · 8 kHz · 540 V ≈ 13.0 V
つまり誤差は、電圧ではなく電流と同相の方形波です。負荷の大きさには関係なく電流の符号だけで決まるため、指令電圧が小さいときほど影響が大きくなります。
方形波から高調波へ
振幅 ΔV の方形波には、すべての奇数次高調波が 4ΔV/(nπ) の振幅で含まれます。中性点が絶縁された三相負荷では、3 の倍数次の成分(3 次、9 次、…)は 3 つのレグに共通なので相電圧(中性点基準)からは消え、レグごとの方形波はおなじみの 6 ステップの階段波形になります。残るのは、電流を打ち消す向きの基本波成分と、5 次、7 次、11 次、13 次と続く高調波です。
- 失われる基本波(電流と逆向き)
- 4ΔV / π
- n 次高調波、n = 5, 7, 11, 13, …
- 4ΔV / (nπ)
上の例では、基本波の不足分は 4 · 13.0 / π ≈ 16.5 V、5 次高調波は約 3.3 V です。正弦波 PWM で m = 0.9 なら指令相電圧のピークは 0.9 · 270 V = 243 V なので、損失は 6.8 %、5 次高調波は 1.4 % です。単純な V/f パターンのまま定格の 10 分の 1 の速度まで下げると、指令は約 24 V まで下がります。誤差は小さくならないので、損失は指令値の約 68 %、5 次高調波は約 14 % にもなります。モータでは 5 次と 7 次の高調波電流が合わさって電気周波数の 6 倍のトルクリップルとなり、低速での振動や騒音として現れます。
下の数値を変えると、電気角 1 周期分の平均相電圧が描き直されます。変調率を下げれば低速運転を模擬できますし、800 V、20 kHz、200 ns といった SiC の条件を入れてみると、レグ誤差は 3.2 V、m = 0.9 で基本波の約 1.1 % になります。
この波形は、上の理想モデルから求めたスイッチング周期平均です。素子のスイッチング遅延、導通時の電圧降下、ゼロクロス付近の電流リップルは無視しています。これらについては後述します。
単純なモデルが見落としていること
実際の誤差は厳密には t_dead · f_s · V_dc ではありません。スイッチのターンオン遅延とターンオフ遅延が実効的なデッドタイムを伸び縮みさせるので、意味のある量は実効ギャップ(t_dead + t_on − t_off)であり、これは電流、温度、ゲート抵抗によって変わります。スイッチとダイオードの順方向電圧降下も、電流に依存する項を上乗せします。さらに各ゼロクロス付近では、リップル電流が数スイッチング周期のうちに何度も符号を変えるため、誤差は +ΔV から −ΔV へきれいに切り替わるのではなく、数 A の幅にわたって徐々に変化します。電流波形ではこれが、ゼロ電流クランプ(zero-current clamping)とよく呼ばれる平坦な段として現れ、方形波モデルはそれを近似しているにすぎません。
補償と、それが完全にはならない理由
誤差は予測できるので、コントローラ側で足し戻すことができます。各相について、電流が正なら電圧指令に +ΔV を、負なら −ΔV を加えます。実装としては、その相の比較値を t_dead(または実効ギャップ)分だけ増減させるのが一般的です。難しいのは、肝心のゼロクロスで電流の符号を正確に知らなければならない点です。電流の測定値にはノイズやリップルが乗るため、実用的な手法では、測定値の代わりに電流指令を使う、回転座標系での電流ベクトルの角度を使う、あるいはステップを数 A 幅のランプに緩めて符号の推定を誤ったときの影響を小さくする、といった工夫をしています。Choi と Sul による 1996 年の論文は、スイッチング遅延や素子の電圧降下まで考慮した手法として広く引用されています。
補償で低次高調波は減らせますが、根本原因はなくなりません。根本的な対策は、やはりデッドタイムを短くすることです。だからこそ、既存の値を流用するのではなく、スイッチとドライバのデータから値を決める価値があります。このサイトのデッドタイム計算ツールでその計算ができます。トレードオフのもう一方である貫通電流の側は、姉妹編のガイド「デッドタイムの決め方」で扱っています。
参考文献
- J.-W. Choi and S.-K. Sul, "Inverter Output Voltage Synthesis Using Novel Dead Time Compensation," IEEE Transactions on Power Electronics, 1996.
このガイドは一般的な工学原理を説明するものです。設計は必ずデータシート、シミュレーション、測定で確認してください。